化学だいすきクラブ

私が化学を選んだ理由(帝人株式会社・山岸 隆)

この記事を書いた人: 山岸 隆 Takashi Yamagishi
帝人株式会社顧問役技監 2010年〜 APO(アジア生産性機構)緑の生産性諮問委員会 副会長 2011年 ルクセンブルク大公国功労勲章 オフィシエ章受章
帝人株式会社・山岸 隆

遊び場

私が物心ついた時からの遊び場は父の仕事場であった。スパチュラ,メスシリンダー,ビーカー,温度計,化学天秤,ボーメの比重計,蒸留水発生装置等まるで化学の実験室のようなその場所は,ツーンと鼻をつくアンモニアや硫酸,苛性ソーダ等の薬品の臭いが,よどんだ空気のように漂っていた。今でも目をつむるとその情景が鮮明に浮かび上がってくる。

染料や様々な薬剤を溶かした染浴に生地を浸し温度計を見ながら加熱する。染生地は水洗いした後,高温の水蒸気で満たした蒸し機で熱処理を行ったりした。同じ染浴で処理しても糸の種類によって色濃く染まったり,水洗いすると色が抜けてしまったりと子どもの私には実に不思議な世界であった。

やがて,絹や木綿の生地がテトロンやナイロンといった合成繊維へと移り,「化学の実験室」は忙しさを増してきた。父が仕事場の黒板に染料,薬剤の処方や処理温度などの数字を書き込んだ一覧表を作る。私の仕事は「次はミョウバン」などと読み上げ,父がスパチュラで染料や薬剤を天秤で量り取り染浴を調合し,何度も何度も試験染めを繰り返す。私は父の共同研究者のような気持ちで朝から晩まで「化学の実験室」に入り浸っていた。気がつけば手の平も染料の色に染まっていたが,それが誇らしかった。この経験は嫌が上にも「化学」に対する強い好奇心を私に植え付けたようである。

化学の夢

大学では天然高分子について学んだが,会社に入ってからは合成高分子の仕事を長いこと続けてきた。最近ではバイオポリマーを含めた生体高分子へと関心が移ってきた。子どもの頃に経験したことが私の進路に少なからず影響を与えたが,会社や仕事を通じての多くの人との出会いが新たな好奇心へと導いてくれたのではないかと思う。「大腸菌の中で作ったポリマーで手術糸をつくる」というS.William博士との出会いは衝撃だった。石油化学のプロセスに代わって,酵素やバクテリアによる化学反応が人類にとって大事な化学のプロセスとなりつつある。今は,生命維持機能としての細胞膜やエネルギー創生に新たな化学プロセスの可能性を頭に描いている。

ふしぎだと思うこと

ノーベル物理学賞を受賞された朝永振一郎博士の言葉がある。

「ふしぎだと思うこと これが科学の芽です。よく観察してたしかめ,そして考えること,これが科学の茎です,そして最後になぞがとける,これが科学の花です」

写真
写真: 水蒸気発生装置

化学だいすきクラブニュースレター第20号(2012年3月5日発行)より編集/転載

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