化学だいすきクラブ

暮らしの化学 40万の物質がおりなす “におい”の不思議な世界

暮らしの化学 40万の物質がおりなす “におい”の不思議な世界

生活の中のいろいろなにおい。においがなかったら,食べ物の美味しさも,お風呂上がりのさっぱりとした感じも,今よりずっと感じられなくなってしまいます。このようなにおいの効果をもっと活用するために,化学を使って新しいにおい物質もつくられています。

この記事を書いた人: 池田亜希子
サイテック・コミュニケーションズ

世界はにおいで溢れている

私たちの周りにはどんなにおいがあるでしょうか。ステーキの美味しそうなにおい,石けんの爽やかなにおい,バラの花の甘いにおい,これらは一般にいいにおいとされますが,生ゴミのような嫌なにおいもあります。こうして次から次へと思い浮かんできて,改めてたくさんのにおいに囲まれていることに気付かされます。それもそのはず,生物がにおいとして感じることのできる物質は,自然界に40万種類もあるとされているのです。そのうち人がかぎ分けられるのは約1万種類ですが,それでも相当な数です。

私たちはにおいの世界の中にいます。しかし中には,「それほど意識したことがない」という人がいるかもしれません。文明が発達して,敵に襲われる危険も,食べ物を求めて狩りをする必要もなくなり,人がにおいにあまり頼らなくなってしまったからです。一方で,野生生物にとっては,今でも生命に関わる重要な感覚です。敵が近づいて来るのを,目で捉えるよりも早くにおいで感じます。においを頼りに餌を探しますし,パートナーを見つけるのにもにおいを利用します。

もちろん,人もまったくにおいを頼りにしていないわけではありません。焦げたにおいで火事に気付いたり,酸っぱいにおいで食べ物が腐っているのを知ったりします。好きな人を見つけるのにもにおいが関係しているという研究もあります。

鼻で感じる古い感覚~嗅覚きゅうかく

におい物質は空気中を漂っています。それが鼻の奥にある「嗅覚受容体」というにおいセンサーに到達し結合すると,電気的な信号が生じます(図1上)。この信号が神経を通って,脳に届くとにおいを感じるのです。人がもっている嗅覚受容体は約400種類です。これで,どのように約1万種類のにおい物質をかぎ分けているのでしょうか。

におい物質はさまざまな形をしていて,その形によって結合する嗅覚受容体が変わります(図1下)。一つのにおい物質はいくつもの嗅覚受容体に結合します。さらに一つの嗅覚受容体がいくつものにおい物質と結合するので,この組み合わせによって,約1万種類ものにおいを感じることができるのです。

そしてにおいをかぐと,心地いいとか,不快とか何らかの感情が湧き上がってきます。ほとんどの人が,においで記憶がよみがえる経験をしたこともあるでしょう。においが感情や記憶に強く働きかけるのは,嗅覚が古い感覚で,進化の過程で古くからある脳の部分に,直接伝わるからだと考えられています。また,中には,疲労回復や集中力を高めるといった実際の効果が見られるにおいもあります。

においの正体

においの正体は化学物質です。ステーキのにおいもバラのにおいも,実際はたくさんのにおい物質が混ざっていますが,図2にはそれぞれの代表的なものを挙げました。におい物質は,それが元々あった場所から飛び出して空気中を漂い,鼻に到達しなくてはなりません。そのために,小さくて揮発しやすいという共通の特徴をもっています。

イチゴ味のキャンディをつくろう!

ステーキやバラの花のにおい物質がわかっているのは,それを集めて化学的に分析する方法があるからです。今では,こうして見つかったにおい物質や,自然界には存在しないけれどいいにおいのする物質を化学的につくって,香水や石けん,飲料やキャンディなどに利用しています。

イチゴ味のキャンディをつくる場合を例に,におい物質がどう使われているのか見てみましょう。(図3)キャンディの味付け・におい付けなら,イチゴの果汁や果肉を入れればよさそうです。ところが,キャンディが柔らかいうちに入れるので,その時の熱でイチゴのにおい物質の一部が壊れてしまいます。少しくらい壊れたって問題ないと思うかもしれませんが,鼻をつまんでにおいを感じないようにして,オレンジジュースとりんごジュースを飲むと区別がつかないことからもわかるように,実際にはにおいは味に大きく影響します。そこで,におい物質を補って美味しいと感じるイチゴのにおいをつくっています。

一見,地味に思われるにおいですが,時には生命を守り,時には生活を豊かにしてくれる,化学物質が私たちに贈ってくるサインなのです。

図 1
図 1: 人がにおいを感じる仕組み。鼻腔に入ってきたにおい物質は,嗅細胞の先端にある嗅覚受容体に結合し,電気的信号を生ずる。この信号が脳に伝わると,においを感じる(上)。におい物質と嗅覚受容体の結合の組み合わせによって,約400種類の嗅覚受容体で約1万種類のにおい物質をかぎ分けている(下)。
図 2
図 2: ステーキとバラの主なにおい物質。小さい分子で揮発しやすくて,空気中を漂いやすい物質である。ただ,小さくても二酸化炭素(CO2)のように人にはにおいとして感じられない物質もある。
図 3
図 3: イチゴ味のハードキャンディをつくるプロセス(日本香料工業会の図を元に作成)。
参考資料:
『香料の科学』(長谷川香料株式会社 著,講談社)
『「におい」と「香り」の正体』(青春出版社)
『トコトンやさしいにおいとかおりの本』(日刊工業新聞社)
『嗅覚と匂い・香りの産業利用最前線』(エヌティーエス)
日本香料工業会:
http://www.jffma-jp.org/
健康管理情報2010年10月号(日本成人病予防協会):
http://www.japa.org/kk_jyouhou/10/n1010/index.html

リンク先の確認はすべて2018年4月現在です

化学だいすきクラブニュースレター第39号(2018年7月1日発行)より編集/転載

先頭に戻る