化学だいすきクラブ

私が化学を選んだ理由(株式会社カネカ・高橋里美)

この記事を書いた人: 高橋里美 Takahashi Satomi
株式会社カネカ シニアフェロー 2008年度,2009年度日本化学会副会長 [専門]応用生化学
株式会社カネカ・高橋里美氏

私が進路選択する際は,いつも時に臨んで「面白い」と感じた方向へと自然の流れに身を任せた結果であると思います。「化学」の本当の意味・深遠さを十分知らず,断片的な情報ばかりでありましたが,「挑戦心をくすぐる未知への憧れ」に近い「化学が面白い」という私の感性がそうさせたのです。

私は,みどり豊かな福山の片田舎で育ちました。小学生のときは小鳥や白鷺を飼ったり,ヤギや牛の放牧を手伝ったり,鮎などの川魚を夢中に獲ったりしていました。中学生になると,ラジオや望遠鏡を自作したり,2 mもある船や飛行機つくりに熱中しました。また,山椒の実の搾り汁をカエルに注射してみたり,好奇心の赴くままに実験的理科やもの作りに熱中しました。現在多くの若者が楽しむゲーム機などでは経験できない意外性,神秘さに満ちた自然の奥深さを体全体で感じながら育ったことが,私の感性を磨いたのです。

高校では化学実験での芳香エステルの合成や美術クラブでの画材の美色や焼き物の色の変化など,具体的な「物」の変化に感動できる「化け学(バケガク)」に興味と魅力を感じはじめました。大学の理学部化学科への進学へと背中を押したのは,破天荒な化学の先生の化学談義でした。食べる脂の種類と体型の関係や香料の行動への影響など,突飛な話でしたが,妙に真実味があり一気に化学が好きになり大学への進路を決めたように思います。

進路と能力のマッチングも大切ですが,あまり気にし過ぎるのも考え物です。要は,「好き」を貫けば面白い事にどんどん出会え益々「好き」になり,結果的に適性も上がって来るもので,「好きこそものの上手なれ!」なのだと思います。

私は,大学では有機合成化学の華のペプチド合成を修めるも,生物の合成力の前に有機合成の限界を感じていました。企業での研究を機に生物力の源ともいえる酵素を利用する応用生化学研究(発酵)へと転向しました。この進路の変更〈転向〉が,好結果につながることになりました。物の変化を方向付ける化学の知識を発酵の分野に生かせたことにより,新しい酵素反応を発見することが出来,D-アミノ酸の生化学的な超高効率な生産法を発明しました。これを基にシンガポールに専用工場を建設して,世界中に安価な抗生物質が行き渡るようになりました。また,これを契機に複雑な医薬中間体の効率的で環境に優しい不斉合成法を次々に開発して,世界の医薬品会社に供給できるようになりました。

化学を基礎にした研究をして,途上国を含め多くの人々の健康・命に,更には地球環境維持に貢献できて,本当に良かったと思っています。

(写真)

化学だいすきクラブニュースレター第18号(2011年6月20日発行)より編集/転載

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