化学だいすきクラブ

私が化学を選んだ理由(住友化学工業株式会社・中江清彦)

この記事を書いた人: 中江清彦 Nakae Kiyohiko
住友化学工業株式会社 代表取締役専務執行役員 2006〜2007年度 日本化学会副会長
住友化学工業株式会社・中江清彦氏

私は日本一大きな湖,琵琶湖とその水を大阪まで運ぶ瀬田川のほとりで小学校から高校までを過ごした。毎日が自然とのふれあいでまことに牧歌的な時代であった。小学生のころには田植えを手伝ったり,牛に鋤を引っ張らせて田を耕す時代でもあり牛の鼻引きも経験し,農作業に牛は大切な労力であったので農家では牛を家の中で飼うという文化があった。夏休みには昆虫採集とりわけカブト虫採集に熱中したり,水晶をはじめとする鉱物採集などで山野を駆け巡って遊んでいた。中学生になって科学部で,鉱石ラジオから当時最先端の真空管を用いて5球スーパーラジオの製作に夢中になっていたことを思い出す。

高校時代にはボート部に入り琵琶湖,瀬田川で激しい練習の日々でもあったが,授業で習うこと何もかもが目新しく,好奇心に駆られた毎日でもあった。中でも数学,物理,化学の面白さに引き込まれたが,ひとえに先生の魅力的な授業のお陰であったと感謝している。3年になる時に理科系と文科系のコースを選ぶ学校であったが,当然のように理科系を選んだ。大学進学の時に最初は当時最先端であった原子核工学を専攻したいと思い,尊敬していた化学の先生に相談したが,先生はむしろ化学の方が物質そのものを対象にした学問であり,対象が広く面白いのではと助言され,当時発展しはじめていた高分子化学を選んだ。(そんなに強い理由があったわけではなく,数学,物理,化学などが好きであったのと,恩師のご助言に負うところがおおきかったのではと思うが,)今もって恩師の薦めに感謝している。

大学時代は化学だけではなく文学,演劇など色々な世界を垣間見ることができ,本当に私にとって良き時代であった。その後,会社で最初の約20年は研究活動にそれこそ没頭し充実した日々であったし,今も研究開発を担当する立場におり化学を選んでよかったと思う日々である。

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写真: 瀬田の唐橋

化学だいすきクラブニュースレター第16号(2010年10月30日発行)より編集/転載

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