私が化学を選んだ理由((財)豊田理化学研究所フェロー・北川禎三)
何となくこれからの花形産業に思えて
私が化学という言葉を聞いたのは中学1年生の時で,化学実験の授業でブンゼンバーナーに火をつけ3脚の上に石綿付き金網を置いて水を加熱した事を思い出す。しかしその後も含めて,化学に特に興味を持つ事は無かった。学校の食堂できつねうどん30円の時代だった。大学入学の頃,石油化学が発展し始め,石油から繊維や容器等の生活物資を作る産業がこれからの日本を支えると考えた。それで阪大工学部の応用化学科を受験した。家が酒造業で父や兄が阪大工学部の醗酵工学の出身であり,キャンパスが家から通える距離にあったことが大学選択の理由だった気がする。
より基礎をやりたい
化学科といえども工学部なので,製図や機械工学等の講義を受けなければならなかった。あまり面白くなかった。守谷一郎先生が有機反応論の講義をされ,基礎化学にひかれていって,大学の講義に出るよりは1人で勉強する時間が多くなっていった。ポーリング著の化学結合論やアイリング著の量子化学を読み,分子分光学を専門にしたいと思って,阪大蛋白質研究所助教授に就任された宮澤辰雄先生の最初の院生にしてもらった。それ以来「振動という永久運動」を分子が常にしている実態を光で観測して,分子の構造と機能の関係を解明する研究に携わっている。「複雑な蛋白質分子がどのようにして機能を発揮するか?」を分子構造的に理解することを最近15年間の研究テーマとしてきた。身近な問題を分子レベルで理解したいと思った。体内で酸素を運ぶヘモグロビン分子(図1)が「どのようにして酸素を肺で取り込み筋肉で放出するのか?」「その酸素が栄養物を燃焼させてエネルギーを作るメカニズムはどうなっているのか?」を分子振動の観測で明らかにする研究をした。
化学大好きクラブの皆さんへ
小学生,中学生の時代に頭に入った事は老化しても忘れないほど,記憶の奥深くに入るものだと実感している。その年齢の時に,必ずしも化学にこだわらず,「自然」に興味を持ち,「メカニズムはどうなっているのか?」と考えるだけで十分だと思う。その好奇心こそが非常に大事で,自然界は分子が相互作用し合って機能を果たしているのだから,どういう面から切り込んでも化学の新しい面を見る事になる。そして,その過程で頭に入ったことは生涯の財産となる。
化学だいすきクラブニュースレター第15号(2010年6月20日発行)より編集/転載