暮らしの化学 酸素や水分,ニオイを通しにくい 美味しさを守る“食品包装用ラップフィルム”
毎日使っている食品包装用ラップフィルム。透明で薄くて,食品を守ってくれる優れものですが,いったい何からできているのでしょうか。今回は「サランラップ®」をつくっている旭化成株式会社の工場にお邪魔して,食品包装用ラップフィルムの製造工程から,できたフィルムの性能まで教えてもらいました。
「サラとアン」がレタスを包んだのが始まり
日本のほぼ“へそ”の位置にある三重県四日市市には,コンビナートと呼ばれる日本を代表する工場地帯が広がっています。その隣,鈴鹿市平田中町には,サランラップ®を製造する工場があり,ここから毎日,全国に大量のサランラップ®が出荷されています。今では,毎日の生活に欠かせないラップフィルムですが,どのように使われるようになったのでしょうか。
ポリ塩化ビニリデン製のフィルムは,第二次世界大戦中にアメリカで銃弾や火薬を湿気から守るために使われるようになりましたが,戦争が終わると使い道がなくなってしまいました。そんな時,アメリカの化学メーカーの技術者だったラドウィックとアイアンズが,近所の人達とピクニックに出かけることになり,ラドウィックの妻がレタスを夫の会社でつくっていたフィルムに包んで持っていったのです。すると,その場で,“食品の美味しさを保つフィルム”だと評判になり,それがきっかけで食品包装用にラップフィルムが売られるようになりました。そして,ラドウィックの妻のサラ(Sarah)とアイアンズの妻のアン(Ann)にちなんで「Saran Wrap(サランラップ)」という商品名になったのです(写真1)。
一方,日本では1953年に,サランラップ®の原料であるポリ塩化ビニリデンを使って繊維がつくられるようになりました。今でも,人工芝や人形の髪の毛にこの繊維が使われています。1960年には,ラップフィルムがつくられるようになりました。しかし発売当初は,使い道が知られていなかったため売れませんでした。それが,冷凍冷蔵庫や電子レンジの普及によって食品を包むことが必要になって,生活必需品になっていきました。
白い粉が透明の薄いフィルムに変身
サランラップ®はどのようにつくられているのでしょうか。原料のポリ塩化ビニリデンは,プラスチックの一種です。ポリは“たくさん”という意味なので,塩化ビニリデンがたくさん連なった分子です。
まず,ポリ塩化ビニリデンの白い粉を押出機に入れ,高温に熱して融かします(図1)。透明なドロドロの状態にしてから,これを冷水槽で冷まし筒状に成形します。そこに空気を入れて風船のように膨らませて,厚みを調整します。続いて,風船をローラーでつぶしながらフィルムの形に巻き取ります。この時点でフィルムは2枚重なっているので,両端を切って1枚ずつに分け,幅を製品のサイズに切り揃えて巻き直します。さらに細い紙管に巻き直して箱に入れれば完成です。
この製造法は,フィルムを“膨らませる”ことから,インフレーション法といわれています。膨らまされる前には,ポリ塩化ビニリデンの長い分子は糸まりのように絡み合っていますが,膨らませて思いっきり伸ばされると,長い分子はほどけて繊維状に並びます。繊維状に並んだ方向には,ラップフィルムが切れやすくなるので,箱についている“のこ刃”でカットしやすいフィルムになります。
“美味しさを守る”メカニズム
ポリ塩化ビニリデンでできているラップフィルムには,ほかにも酸素や水分,ニオイを通しにくいという特長があります。このことを専門的な言葉で「バリア性が高い」といいます。酸素は,食品を酸化させてしまいします。水分がラップフィルムを通ってしまったら,サラダは乾いてしまいますし,煎餅は湿気てしまいます。また,ニオイが漏れてしまったら,いろいろな食材が入っている冷蔵庫の中はいろいろなニオイで大変なことになってしまいます。ですからバリア性はラップフィルムの重要な性質です。
実は,このバリア性に化学が大きく関係しています。ポイントはポリ塩化ビニリデンに塩素原子(Cl)があることです(図2)。分子は普通,振動しています。ポリ塩化ビニリデンの分子も振動していますが,大きな塩素原子があることで動きにくいので,分子が振動しても酸素などが通ることのできるサイズの隙間が開きにくいのです。サランラップ®にはほかにも,器にぴったり密着したり,ハリやコシがあって扱いやすかったりといったいいところがあります。
サラとアンが初めて使った頃から,ラップフィルムが透明の薄いフィルムであることに変わりはありません。しかし,その性能や箱に改良が加えられながら,どんどん便利で使いやすくなっているのです。
(旭化成株式会社 消費財事業本部 技術開発総部 消費財商品技術開発部 部長 入矢 偉氏,同主幹研究員 向原隆文氏の取材に基づき記事を作成。)
化学だいすきクラブニュースレター第40号(2018年12月1日発行)より編集/転載