化学だいすきクラブ

私が化学を選んだ理由(2003年度 日本化学会副会長・月向邦彦)

この記事を書いた人: 月向邦彦 Kunihiko Gekko
広島大学大学院・特任教授 2001年度 日本化学会中国四国支部事務局長 2003年度 日本化学会副会長
2003年度 日本化学会副会長・月向邦彦氏

私は田舎で育ったせいか,小さい頃から自然に触れる機会が多く理科が好きでした。しかし,中学・高校と進むうちに英語や数学も好きになり,迷った末,大学入試では理学部数学科を受験しました。学力不足で受験に失敗しましたが,1年間の予備校時代にじっくり自分を見つめ直し,化学の道に進むことを決めました。化学を選んだ決定的な理由というのはないのですが,父が高校の化学の教師をしていた影響もあり,化学が身近に感じられたこと,物理や生物より化学の成績が良かったことでしょうか。

大学では理学部化学科に入学し,化学には高校の教科書にはない広い分野があることを知りました。当時は高分子科学が隆盛をきわめており,その物性に興味を持ち,卒論配属では物理化学の研究室を選びました。最初は合成高分子の固体物性の研究をしていましたが,P. J. Flory(1974年ノーベル化学賞受賞)の著書で高分子溶液の格子モデルに魅せられ,大学院修了後は多糖類やタンパク質などの生体高分子の溶液化学へと研究を展開しました。化学合成は苦手な私でしたが,40歳台半ばにして遺伝子組み換えに挑戦し,タンパク質のアミノ酸を一つ換えただけで安定性や酵素機能が違うことに驚きを感じました。今でもその理由は明確には分かっていないのですが,分子の協同的な運動(ゆらぎ)が重要な因子と考えられています。これらの問題の解明には,物理や生物についての知識も取り入れた広い化学(生物物理化学)が必要なのです。

化学をやっていてよかったこと

私は今,大学院で数理分子生命理学専攻という新しい専攻に所属しています。これまでの生物や化学を中心とした生命科学を数理科学と融合することにより,タンパク質や遺伝子などの分子レベルの膨大な情報を統合して生命を理解する新しい研究が進んでいます。私の専門としている生物物理化学はこれらの境界領域を結ぶ役割を担っており,化学をやっていてよかったと思っています。化学は物質を研究対象としているため,広い分野に繋がっているのです。

化学に期待すること

近年のノーベル化学賞の多くがタンパク質の研究に授与されているように,化学は生命科学の発展に大きく貢献しています。化学の領域は,化学工業はもとより,生命科学・生活科学・環境科学・地球科学・宇宙科学などへと拡大を続けており,化学の重要性はますます高まるものと期待しています。未知の化学が若い皆さんのチャレンジを待っています。

図
図: タンパク質のイメージ

化学だいすきクラブニュースレター第14号(2010年2月20日発行)より編集/転載

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