私が化学を選んだ理由(大阪大学名誉教授・村橋俊一)
化学に広がりとロマンを感じて
私の小学校時代は戦後すぐで物資は欠乏していたが,その分自然の中で生き物や様々な植物とふれてのびのびとすごした。中学では理科の時間の話を面白く聞いたり,部品を街から買ってきて真空管の5球スーパーラジオを組み立てたりして楽しんだ。高校時代は理科系に進もうと思っていたが,具体的に何をするかについてはもう少しいろいろなことを知ってから決めればよいと思っていた。父が大学の理学部で教鞭をとっていたので,別の分野で仕事をしたいと思い,大学では工学部に入学した。当時は入学して1年半後に進路を自由に選択出来るようになっていたので,私は化学,機械,電気などの学科の内容を少しでも勉強して自分の興味を惹くものを見つけたいと思い,幅広く講義を聴き,本を読んでみた。一時は機械の設計に面白みを感じて,機械工学を専攻しようかと思ったが,その材料は鉄や合金であり,なんとなく狭く感じた。そこでもっと広がりがあると考えた化学という分野を専門とすることに決めた。当時発展し始めていた石油化学から影響を受けたかもしれない。
4年生のときになぜその化学反応が起こるのかを調べる卒業研究を自分で始めてから,それまで化学は暗記物が多く論理性がないと思っていたことが全く間違いであると思うようになった。自分で実験をして新しいことを見出したとき,またそれを実験によりはじめて証明できたときの喜びは忘れることが出来ない。化学は非常にチャレンジングなものであることがわかってきた。私は広がりとロマンがあると直感で化学を選んだが,この選択は正解で今日までほんとうに化学者として楽しく過ごすことができた。
持続可能な社会を築くために
化学は物質を対象とする学問で,科学の中核であり,発展性をもち,人類への貢献も非常に大きい。私は現在,副産物をできるだけ少なくしてほしいものだけをつくることができる化学反応の開発をめざして研究を行っている。私たちの体の中ではクリーンでかつ驚くほど効率のよい種々の化学反応が体温の温度で行われている。肝臓では強力な解毒作用を担う酵素がはたらいているが,その酵素のはたらきをシミュレートし,新しい触媒を用いてフラスコの中で合成できる反応を開発している。この方法は環境に負荷を与えないように抗生物質を工業的に合成するのに役立っている。いまほど私たちが持続可能な社会を築くための革新的な技術を必要としている時代はない。これには物質の製造,使用,廃棄,リサイクルのすべての過程をはじめからしっかりと考えておくことが必要であり,そのためには物質に対する理解を一層深めなければならない。化学は社会を変えていく原動力となる学問であり,これから活躍する若い皆さんが存分に力を発揮できる分野である。
化学だいすきクラブニュースレター第8号(2008年7月10日発行)より編集/転載