私が化学を選んだ理由(京都大学名誉教授・吉田善一)
自然の美しい色に魅せられて
私は家業が醸造業であったためか、小学生の頃(1935年前後)から、コウジ(緑黄色)からモロミ(茶褐色)ができるまでの色の変化を不思議に思っていた。中・高(旧制)に進むにつれ、自然の美しい色の主役となっている色素に興味を持つようになった。夜、海辺で光る発光物質にも強い魅力を感じていた。その頃、近くの博識の方から合成染料工業が我が国でも大きく発展し、世界5位になったことを教えられ、生活と心を豊かにする化学の素晴らしさに強く引かれたものである。やがて、日本は太平洋戦争に突入し、父が召集された上、戦争末期には私自身が原爆に被爆し、健康状態を含め最悪の状態になった。しかし、「化学」に対する勉学の念絶ち難く、戦後復員・帰国した父の許しを得て、吉田彦六郎(ウルシオールやラッカーゼの研究でも有名)以来染料化学の伝統をもつ京都大学工業化学科を受験した。幸いにも入学を許可され、化学の道に進むことになった。
感動と興奮を与える新分子の発見
京都大学卒業以来60年たった現在も私は化学の研究を続けている。その理由は何か。それは化学が、以下に例示するように深い感動と興奮を与える新機能分子を発見させてくれるからである。電子には動き難いシグマ電子と動き易いパイ電子が知られている。環状有機分子では(4n + 2)パイ電子系は安定であるのに反し、4nパイ電子系は不安定とされてきたので、私は後者の系に挑戦し、トキイロヒラタケ(写真)から8パイ電子系のインドロン(図1)を発見、そのFe(III)-タンパク質錯体(トキ色)がO2発生型の光合成機能をもつことを見出した。また、世紀の分子C60の発見(1985)の15年も前、球面のような対称性の高い立体的分子軌道上をパイ電子が3次元的に非局在化することにより安定化が起こると考え、サッカーボール型構造(60パイ系,図2)をもつC60分子の存在を予言した。更に、そのシクロデキストリン包接体が窒素固定機能をもつことを発見した。
私が化学を選んだ理由は小・中・高を通じ化学が“すき”だったことによるが、60年にわたる研究体験から、この選択が正しかったことを実感している。
化学だいすきクラブニュースレター第4号(2007年7月5日発行)より編集/転載