化学だいすきクラブ

私と化学(首都大学東京大学院都市環境科学研究科教授・内山一美)

この記事を書いた人: 内山一美
首都大学東京大学院都市環境科学研究科 教授 化学だいすきクラブ小委員会元委員長 日本分析化学会会長(2019~2020) [専門]ナノ・マイクロ化学造形,微小領域を利用する分析化学
首都大学東京大学院都市環境科学研究科教授・内山一美氏

夢を実現する化学

こんにちは。私は首都大学東京(※)で数十ナノメートル(ナノメートル=10-9 m,1 mmの百万分の一)の幅をもつ様々な材料でできたワイヤー(ナノワイヤー)を自在に作製する方法について研究しています。これまで任意の1本のナノワイヤーを狙った位置に生成・配置することはできませんでした。私たちは,どのようなナノワイヤーでも好きな位置に作製・合成(描画)できる方法を作り,これをマイクロ化学ペンと名付けました。マイクロ化学ペンを用いて描いた幅85 nmの銀線(銀ナノワイヤー)をご覧ください。ガラス板の上に描いたワイヤーの幅は銀原子が約300個並んだ程度の大きさで,大腸菌に感染して増殖するバクテリオファージT4というウィルス(の右側)よりも小さいのです。

(※)2020年4月から東京都立大学に名称変更となっています。

マイクロ化学ペンで得られるナノメートルの線は肉眼ではもとより光学顕微鏡でも見ることはできず,観察するために真空状態を必要とする電子顕微鏡ではじめて見ることができます。ナノワイヤーは溶液中で化学反応により作られるので,電子顕微鏡は使えません。これは目をつぶって描画しているようなものです。今後の研究により精密な位置選択性や簡単に描画ができるようになれば,現在の3Dプリンタよりも千倍小さい化学プリンタが実現できます。これができれば体の中で働く微小ロボットや,分子一つを検出できるセンサーの実現も夢ではありません。

この話を聞いた方からは“まるでSFみたいだね”といわれます。ペンで描くようにナノワイヤーが描け,しかもそれが化学反応を使ってできるのですから。一方,もし100年前の人が突然現代に現れたら,今の世界はまるでSFのように感じられるでしょう。100年前にはテレビ,冷蔵庫,洗濯機などの家電をはじめ,パソコン,インターネット,電話等の通信機器すらありませんでした。これらはみなSFの世界の中にあり,“あったらいいのにね”と思っていたものでした。今から100年後はどうなっているのでしょう?

私たち科学者はSFを現実にしようとしている人の集まりといってもよいかもしれません。科学者はSFの世界の実現を担っていると考えると,とても幸せな生き方です。いつも未来のことを夢見て楽しく過ごせるのですから,皆さんにも是非仲間に加わっていただけたらと思っています。

図
図: マイクロ化学ペンを用いて描画した銀ナノワイヤーの電子顕微鏡像とバクテリオファージT4

化学だいすきクラブニュースレター第42号(2019年7月1日発行)より編集/転載

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