化学だいすきクラブ

私が化学を選んだ理由(東京大学名誉教授・向山光昭)

この記事を書いた人: 向山光昭 Teruaki MUKAIYAMA
1986年度に日本化学会会長 社団法人北里研究所基礎研究所 東京大学名誉教授 東京工業大学名誉教授 東京理科大学名誉教授など歴任 [専門]有機化学
東京大学名誉教授・向山光昭氏

私の化学者としての第一歩

みなさんは化学とはどんな分野だと思っていますか?難しい?覚えることが多い?このように一般には考えられているので、なかなかそこに飛び込む決心をする機会がもてないのですが、たまたま中学生の頃、化学の授業を受けているときに、先生の言われることから化学は面白そうだと感じたものです。さらに、身近にある様々なことが「化学」につながっていることを教えられ、これが私の化学を選んだきっかけでした。

干し柿を知っていますか?最近ではあまり見かけませんが、柿を干して作る今で言うドライフルーツの一種です。甘いものが不足していた戦時中にはサツマイモに並ぶ貴重なおやつの一つでした。しなびた褐色の表面に白い粉が付いているこの干し柿、当時中学生であった私の目にはとても不思議なものに写りました。この白い粉が何なのかを確かめるため、なんとなめてみたのです。すると…甘い、とても甘いものでした。この白い粉は柿から出てきた砂糖の一種、ショ糖や果糖だったのです。今思うと、これが私にとって「化学者」としての第一歩でした。

この干し柿は皮をむいた柿を干して作るのですが、「干す」前は渋柿と言われるとても食べられない代物です。これはタンニンと呼ばれる苦みの成分が含まれているためであり、タンニンは舌の上で唾液に溶けると「苦み」を感じます。当時は今のような甘い柿はほとんどなく、いろいろな方法によってこの渋みを除いていましたが、その一つに「干す」という方法があります。では、なぜ干すことによって渋みが除かれるかが問題ですが、ここにも化学の力が役立っています。柿の中にある水に溶けやすいタンニンは干し柿にする過程で水に溶けない「不溶性タンニン」に化学変化します。この不溶性タンニンは唾液に溶けないために我々には「苦い」と感じなくなるわけです。このように、ふとした身の回りのことにもいろいろ化学の力が潜んでいることが分かります。

化学とは

高校生になると、ますます化学が楽しいものになりました。実際に化学の理論を学び、そして実験を通してそれを体で学ぶという、化学の醍醐味を味わうことができてからです。この頃にはこの道で生きるのだと心に決めていました。さらに、東京工業大学に入学し、自分の人生を決定づける恩師との出会いがありました。星野敏雄先生です。すでに世界の第一線で活躍されていた先生に終戦直後の混乱期にお会いして、その活力と化学者としての生き様を見て、私はこの先生のようになる!と誓ったものです。

化学は自然科学の一分野であり、1+1が2になるようにその根本には何らかの理論があります。でも、私は化学の本当の醍醐味は実験であり、そこから観察した「結果」を「仕事上の仮説」にフィードバックして面白い答えを求める力が生まれるものであると思います。こうして得られた仕事上の仮説から導かれる新しい考えにしたがってさらに実験する、この繰り返しの中から新しいことを見つけていくのです。その原動力、それは知的好奇心に他なりません。上に示した干し柿の例のように、身近な事象にはたくさんの「不思議」が残されていて、これらを面白い問題として追い求めると、さらに思いもよらない新しいことに遭遇することができます。みなさん、身の回りのたくさん残されている「不思議」に目を向けてみてください。そしてご両親あるいは先生にその疑問をぶつけてみて下さい。その疑問が解けたとき、きっとそれからみなさんはさらに大きな成長のきっかけをつかまえることができるものと確信しています。

化学だいすきクラブニュースレター第1号(2006年11月15日発行)より編集/転載

先頭に戻る