化学だいすきクラブ

暮らしの化学 植物の力を引き出す 「植物工場」ってどんなところ?

暮らしの化学 植物の力を引き出す 「植物工場」ってどんなところ?

中学1年生のケンと小学3年生の花子の兄妹は,キュウリが大好きです。

1月のある日,スーパーに行くと「低温障害(寒すぎて植物の生育に障害が起きること)」を理由に,キュウリが売られていませんでした。

「寒いのが苦手な野菜は,室内で育てればいいのに」と思った2人は,農林水産省のなかあきまさ先生と千葉大学のつかごしさとる先生に,「植物の成長」や野菜・果物を最適な環境で育てる「植物工場」について教えてもらうことにしました。

この記事を書いた人: 池田亜希子
サイテック・コミュニケーションズ

植物は光合成で大きくなる

中野ケンくん,花子ちゃん,いらっしゃい。「植物の成長」について知りたいんだね。それならまず,野菜や果物の成長に何が必要かを考えてみよう。

花子うちのベランダには鉢植えがあって,春にはいろいろな花が咲きます。鉢植えには土があります。それから,お母さんがよく水やりをしたり,日光の当たる場所に移動させたりしています。だから,土と水(H2O)と日光があればいいんじゃないでしょうか?

ケンそれと,大気中の二酸化炭素(CO2)ですよね。

中野そうだね。2人が挙げてくれた材料を使って有機物をつくって,植物は成長する。詳しく言うと,葉にある「葉緑体」という緑色の粒の中で,日光をエネルギーにして,二酸化炭素と水から糖と酸素(O2)がつくられている。これを「光合成」というね。そして,糖と根から吸った窒素(N)などの成分を使って成長に必要なタンパク質がつくられているんだ。

花子まず二酸化炭素と水と日光が必要なんですね。

中野だから,これらを与える量やタイミングを変えることで,植物の成長をコントロールできる。例えば,これを見てくれるかな(写真1)。

花子わぁ〜トマトがいっぱいだわ!

ケントマトの茎がワイヤーで引っ張りあげられているみたいですけど。

中野こうして,葉が重なり合って影をつくることがないようにしているんだ。葉の数が多すぎると,互いに重なり合ってしまうから,ちょうどいい葉の枚数があることもわかっている。じゃ,このトマトはどうかな(写真2)。

ケン根の部分がずい分小さいですね。

中野そうだね。植物が必要とするすべての養分(表1)を吸収しやすい濃度と比率で含んだ水溶液「培養ばいようえき」で育てる(養液培養という)と,根を伸ばさなくても十分な水と養分を得られるから,食べられない根の部分をこんな風に小さくでき,その分,実を成長させるんだ。

花子植物は環境によってこんなに変わるんですね。

中野ほかにも温度や湿度,風速,二酸化炭素の濃度に植物の成長は影響される。植物工場では,生育環境が制御され,最適な状態になっているんだ。

ケンそこがポイントですね。しっかり見てきます。

日光を利用するかしないかで分けられる「植物工場」

塚越千葉大学柏の葉キャンパスにようこそ。ここには9棟の植物工場があって,いろいろな会社や団体が,植物をもっとうまく育てる方法はないか研究しているんだ。さぁ,ここがトマトの植物工場だよ。

花子近所のビニールハウスとあまり変わらないみたいだけど…。

塚越日光を使っているから,見た目は,そうかもしれないね。でも,この植物工場では,至るところにセンサがあって,温度や湿度,二酸化炭素濃度などを測定している。それを基に,今どのくらいの速さで光合成が行われているか推測できるから,もっと温度を下げた方がいいとか,二酸化炭素濃度を上げた方がいいとかがわかるんだ。

塚越続いて,レタスを見てみよう(写真3)。

花子わー!これは「工場」だわ。

塚越日光をまったく使わないので,生育環境をより精密に制御できる。特に,ここでは,いろいろな色のLEDライトを当てて,レタスの成長の違いを調べているんだ。中に入るには,シャワーを浴びてクリーンスーツを着るので工場内は清潔だし,植物を虫や病原菌,雑草から守る農薬も使っていないから,ここで収穫したレタスは洗わずに食べられるよ。

ケンそういえば,トマト工場もレタス工場も土を使っていませんね。

塚越いいところに気付いたね。培養液で育てた方が,環境の制御がしやすいからだよ。ケンくんは,土の役割を知っているかな?鉢植えに土がなかったら,花は倒れてしまうよね。つまり土には植物の体を支える働きがある。それから,植物は土の中の水とそこに溶けている養分を根で吸い上げている。土には水や養分を蓄えたり,根のある環境の変化を和らげたりする機能があるから,環境の制御がしにくい。でも,そのおかげで水や肥料をやらなかったり,逆にやり過ぎたりしても,植物が急に枯れることはない。これは土のいいところだと言えるね。それに対して,培養液で育てる場合は,装置の故障で水が流れなくなったら,あっという間に枯れてしまう。でも,環境を制御しやすいから,効率的に大きく育てられるだけでなく,例えば,トマトにストレスを与えて甘くするとか,カリウムを取ってはいけない人のために,カリウムの少ないレタスをつくることもできるんだ。

花子すごい!それなら大好きなキュウリが低温障害にあわないようにするなんて簡単そうね。

塚越ただ,養液培養でキュウリをつくっている植物工場はまだ多くないんだ。見てもらってわかったように,設備にお金がかかる。特に,キュウリのように実を育てようとするとエネルギーと時間がかかるから,コストを下げる必要があるんだ。最近は,AI(人工知能)で効率的に工場を運用できるようになってきたし,光を補うにしてもLEDライトで電気代が抑えられるようになったから,近い将来,もっとたくさんの野菜や果物が植物工場から出荷されるようになるよ。その時,みんなの食卓がどう変わるか楽しみだね。

農林水産省 農林水産技術会議事務局の中野明正先生と、千葉大学環境健康フィールド科学センターの塚越覚先生への取材を基に構成しました。

写真 1
写真 1: 中野先生が見せてくれたトマト。生育環境の工夫で,効率的にトマトを育てることができる(中野氏提供)。
写真 2
写真 2: 250 mLほどの体積に根が詰まっている(静岡大学農学部 鈴木克己教授提供)。
表 1
表 1: 植物が生育するために必要な17種類の元素。光合成に必要な炭素,水素,酸素の3種類は大気中から取り込む二酸化炭素と根から吸収する水によって得られる。残る14種類の元素は水に溶けているものを根から吸収する。参考:栄養素 / 必須元素(日本光合成学会)
写真 3
写真 3: レタスの完全人工光型植物工場。植物工場は,写真のように電灯などの人工的な光を使う「完全人工光型」と,光合成に日光を使う「太陽光型」の2種類に大きく分けられる。ほかには,日光が足りない場合に電灯などで光を補う併用型の植物工場もある(千葉大学の植物工場にて筆者撮影)。

化学だいすきクラブニュースレター第44号(2020年4月1日発行)より編集/転載

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