化学だいすきクラブ

私と化学(沼津工業高等専門学校 学校長・中村聡)

この記事を書いた人: 中村聡 なかむらさとし
日本化学会 2019年・2020年度副会長 沼津工業高等専門学校学校長 東京工業大学名誉教授 [専門]生物化学,極限環境微生物
沼津工業高等専門学校 学校長・中村聡氏

私は中高一貫校に通っていたため,中学校から理科は物理・化学・生物・地学に分けて習いました。当時の私は,暗記の少ない物理が好きで,暗記の多い化学や生物などはあまり好きではありませんでした。それでも化学の授業の演示実験で,試薬を混ぜると溶液の色が変わったり,気体が発生したりと,目に見える変化には興味がありました。高校では,大学受験に必要ということで,物理と化学を中心に勉強しました。そして,勉強を進めていくにつれ,化学は決してすべてが暗記ではなく,一部だけ暗記すれば後は考えれば済むことに気づき,だんだん化学の魅力にひかれていきました。それどころか,身の回りの多くのことが化学で説明でき,化学式で表すことができることがわかり,いつの間にか「化学大好き人間」になっていました。

大学は工学部に入学し,応用化学の道に進みました。研究室は触媒化学の研究室を選びました。周囲の研究テーマは化学プラントなどで用いられる工業用触媒に関するものがほとんどでしたが,私が選んだのは「酵素」でした。酵素はタンパク質でできた触媒で,生体内でおこる化学反応に重要な役割を果たします。そして,微生物の培養,酵素の精製や活性測定といった実験を行っていくうちに,自分自身の興味の対象がだんだん生物に移っていきました。

大学院の修士課程を修了後は,民間企業の研究所で10年間,「バイオ医薬品」(バイオテクノロジーを用いて製造したタンパク質医薬)の開発研究を行いました。そして,会社の研究を論文にまとめて博士号を取得した後,縁あって母校に教員として戻りました。その後は30年間にわたり,「極限環境微生物」という過酷な環境に成育する微生物の研究に明け暮れました。人間の体内の塩分濃度は約0.85%,海水の塩分濃度は約3.4%ですが,この地球上には死海のように塩分濃度が25%にも及ぶ自然環境があります。極限環境微生物の一つ,「好塩菌」は塩分濃度の高い環境を好みます。私が研究してきた「三角菌」()も好塩菌の仲間で,飽和食塩水や岩塩の中でも生きられます。通常の微生物の形は球状や円柱状ですが,この微生物はその名の通り三角形という奇妙な形をしています。三角菌は,生育する環境といい,形といい,何から何まで非常識な生き物です。私は極限環境微生物の研究を通じて,『これまでの常識を疑うこと』および『ものごとを複数の「ものさし(価値観)」で見ること』の重要性を学びました。小中学生の皆さん,今は常識を学ぶことが大切ですが,将来はぜひいろいろなものさし(価値観)を身につけてください。

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図: 三角菌(正式な名前はハロアーキュラ・ジャポニカ)の発見を記念して作製されたテレホンカード

化学だいすきクラブニュースレター第45号(2020年7月1日発行)より編集/転載

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