化学だいすきクラブ

私と化学(日本化学会副会長・加藤昌子)

この記事を書いた人: 加藤昌子 かとうまさこ
日本化学会副会長 北海道大学教授 [専門]錯体化学,光化学
日本化学会副会長・加藤昌子氏

今から50年以上も前のことです。私が小学生だったころ,多分低学年だったと思いますが,魔法の粉を売るおじさんがたまに学校の門前に現れたことを今でもかすかに記憶しています。秘密の言葉を特殊な筆で書いておき,魔法の粉をかけると文字が浮かび上がるというものです。私はそれが欲しくてたまらなくなりました。実際に,家に戻ってお小遣いを持って買いに戻ったのか,親にダメといわれたのか(たぶん),そこから先はどうだったのか記憶が定かではありません。今思うと,魔法の粉は,頑固な汚れも落ちる洗剤として使われるセスキ炭酸ナトリウムだったのかな(?)と思います。アルカリ性に応答して無色から紫色に着色する色素(フェノールフタレイン)で文字を書いておいて,魔法の粉をかければ文字が浮かび上がるというわけです。21世紀を生きる化学だいすきクラブの皆さんなら,あぶり出し,紫外線で光る発光色素など,いろいろ知ってるかもしれません。原理を知りながら変化をみると一段と楽しく,化学的興味も広がりますね。

私が大学で化学を専攻したきっかけは,あんがいそのような単純な動機であったような気がします。あれから40年,金属イオンと有機化合物の複合体ふくごうたいである金属きんぞく錯体さくたいの研究をしてきました。酸やアルカリ,温度だけでなく,アルコールなどの有機物蒸気に応答して色が変わる錯体や,こすると発光したりその色を変えたりする錯体を作り,そのような現象が起こるのはなぜか,ということを探求しています()。原子が集まって形作られる分子や,分子の集積体しゅうせきたいの三次元構造とその中でうごめく電子の状態を知ることが謎の解明のカギになります。原子や分子のミクロの世界から,星々と星間せい物質かんの漂う宇宙まで,世界は不思議にあふれた化学のワンダーランドです(もちろん,物理学や生物学にとっても同様ですが)。その中で,この世の中にない物質・化合物を作り出していくことこそ化学の醍醐味(ダイゴミ)です。21世紀はとても便利な世の中になりました。世界中の人と空間を越えて同時に顔を見て話ができたり,お金を持たなくても買い物ができたりします。リアルなものはいらなくなっていくのでしょうか。皆さんがあったらいいなと思う“魔法の粉”は何ですか?

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図: 蒸気,光,温度などの様々な刺激で発光の色を変える金属錯体

化学だいすきクラブニュースレター第47号(2021年4月1日発行)より編集/転載

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