暮らしの化学 夏休みを楽しく安全に過ごすために 虫よけで、虫刺され知らず
もうすぐ夏休み。小学3年生の花子と,中学1年生のケンは,毎年,祖父母の家の近くの山に遊びに行きます。
去年はコロナウイルス感染症拡大の影響で行けませんでしたが,今年はどうでしょうか。
2人は遊びに行けるようになったら,すぐに出発できるように準備をしておくことにしました。
夏山の必需品といえば「虫よけ」。虫よけにはどんな化学があるのでしょうか。
夏は山で虫捕りをしよう!
花子おじいちゃん,おばあちゃんはどうしているかしら? 久しぶりに会うから,私は,この新しいワンピースを着て行きたいわ。
ケンそれはいいね。僕は近くの山で虫捕りをしたいから,虫捕り網とカゴを持っていかなくちゃならないなぁ。カブトムシ,クワガタ,カナブン,バッタ,カマキリ,コオロギ,セミ,トンボ・・・この時期,あの山にはどんな虫がいるんだろう?
花子それは楽しそう!私もワンピースを着て,虫捕りに行きたいなぁ。
ケン虫捕りをする時には,虫に刺されないように,長袖,長ズボンを着た方がいいよ。それに,そのワンピースだと動きにくそうだし・・・
花子わかったわ。ワンピースはやめる。でも,夏に長袖,長ズボンは暑いわ。どうにかならないのかしら?
ケン素肌が出ている部分に,虫よけを塗るんだよ!
血を吸う虫にはディートやイカリジンを
花子虫捕りに行くのに,虫よけを塗るのね(図1)。
ケン山には,僕が捕りたいカブトムシやクワガタ以外に,血を吸う虫がいるからね。咬まれたり刺されたりすると痛いだけでなく,腫れたり,時には感染症にかかってしまうことがあるから気を付けなくちゃいけない。
花子私は時々蚊に刺されるけれど,かゆくなるだけじゃないのね!
ケンメスの蚊が,産卵に必要な栄養素を得るために血を吸うんだけれど,刺されるとかゆくなったり赤くなったりするよね。これは,蚊が針を刺して血を吸っている時に,だ液が体内に入って一種のアレルギー反応を起こすからなんだ。この時に病原ウイルスも入ってしまうことがあるんだ。
花子山では虫よけは欠かせないってことね。でも,どうして虫が寄ってこないのかしら?
ケン皮膚に塗るタイプの虫よけの有効成分を見てみよう。ディート,イカリジン,それから天然ハーブと書かれているものがそれぞれあるね。
花子本当だ。天然ハーブというのは,虫が嫌いな成分をハーブがもっているということかしら?
ケンその通り!ミントやラベンダー,ユーカリ油などに含まれているんだね。
花子ディートとイカリジンはどんな成分なの?(図2)
ケンどちらも血を吸う虫に効くんだよ。ディートは,第二次世界大戦の時に米軍が,蚊が媒介するマラリアという感染症の予防のために開発して,日本でも長年使われてきた虫よけ成分なんだ。蚊など血を吸う虫は,人間や動物が発する二酸化炭素,体温,汗,匂いなどを感じて寄ってくるんだけれど,ディートは虫のこの感知能力を撹乱してしまう。イカリジンは1986年にドイツで開発された虫よけ成分で,2015年に日本でも使えるようになった。ディートと同じように虫の感知能力を撹乱するけれど,ディートよりも虫よけ効果を期待できる虫が少なくて,蚊,ブユ(ブヨ,ブト),アブ,マダニの主に4種類とされているんだよ。
花子(図2を見て)へぇ。分子構造は,こんな風に違うのね。でも,よりたくさんの虫に効くディートだけあればいいんじゃないの?
ケン実は,イカリジンが新しい虫よけ成分として注目されているのは,年齢による使用制限がないからなんだ。虫よけは有効成分が濃いほど効果が長続きするんだけれど,例えば「ディート30%」の虫よけは12歳まで使ってはいけない。つまり僕は使えるけれど,花子は使えない。ただ,ディートも濃度が薄ければ生後6カ月から使えるし,蚊やブユが多い屋外では強い虫よけが必要だから,虫よけは使い分けが重要なんだね。それから塗りむらがあると,虫はそこを狙うから,子どもの皮膚には大人が手に取って丁寧に塗り広げてあげるのがいいんだ。
害虫を屋内に入れない 入ってきてしまったら退治する
花子蚊がいなかったら,いいのよね。
ケン人間の立場からはそう感じられるね。でも蚊の幼虫のボウフラは水中の有機物やバクテリアを食べて,汚い排水溝の水を浄化してくれているし,成虫になってからも植物の花粉を媒介していたりする。どの虫も生態系の中では大事な役割を担っているんだよ。
花子わかった。でも家に入って来られたら困るわ。
ケン人間のいる環境を守るために,家に入って来ないように虫よけを窓辺に吊り下げたり,入ってきてしまった蚊を蚊取り線香で迎え撃ったりはしているよね(写真1)。こうした虫よけのほとんどに,除虫菊という花に含まれている殺虫成分をヒントにつくられた「ピレスロイド系」の殺虫成分が入っている。昔は,除虫菊の花を摘んで日陰干ししたものを粉状に砕いてまいていたけれど,今は人工的につくられたピレスロイド系の殺虫成分がいろいろあって,駆除できる虫も,蚊,ハエ,ゴキブリ,ノミ,トコジラミ(ナンキンムシ),イエダニ,マダニ,シラミなどと幅広いんだ。一方で,人間のような恒温動物に対する毒性が低いからいいんだ。
花子安全ってことね。
ケンそうそう。ディートの開発のきっかけにもなったマラリアは,日本では感染報告がないけれど,世界ではアフリカを中心に年間2億人以上の感染者が出ていて,数十万人が命を奪われている。こうした地域で,日本で開発された防虫効果が長続きする蚊帳(写真2)が使われるようになって,犠牲者が減っているんだよ。
花子それはすごい!みんなが安心して暮らせるようになるといいわね。
ケン虫よけが大事なことはわかったね。ただ,虫よけは万能じゃない。例えば,ハチなど血を吸うわけではない虫に対してはディートやイカリジンは効かないから,山などに行ったらやはり虫には注意が必要なんだ。さぁ万全の準備をして,気を引き締めて,今年の夏こそは虫捕りやキャンプ,山歩きを楽しめるといいね!
- 【参考】
- 蚊の虫よけ剤、濃度で違う プロが教える賢い使い分け(日経Gooday 30+):https://style.nikkei.com/article/DGXMZO19275000W7A720C1000000
- ディートとは(アース製薬株式会社):https://www.earth.jp/saratect/safety/deet/
- イカリジンとは(アース製薬株式会社):https://www.earth.jp/saratect/safety/icaridin/
- 新虫よけ成分「イカリジン」って?(フマキラー株式会社):https://fumakilla.jp/icaridin/
- 蚊の存在理由ってなに?(ふくしま森の科学体験センター):http://www.mushitec-fukushima.gr.jp/qa/2014/06/post-17.html
- 虫よけ剤の原理と使い方(鵬図商事株式会社):https://www.hohto.co.jp/pmpnews/pmp340_1/
- 業務用殺虫剤の基礎知識(大日本除虫菊株式会社):https://www.kincho.co.jp/seihin/business_use/basic/
- 住友化学のマラリアへの取り組み(住友化学株式会社):https://www.sumitomo-chem.co.jp/sustainability/social_contributions/olysetnet/initiative/
※リンク先はいずれも2021年12月現在
化学だいすきクラブニュースレター第48号(2021年7月1日発行)より編集/転載