私と化学(日本化学会副会長・織田佳明)
私の周りには化学や分析のプロフェッショナルがたくさんいます。そんな大人たちは,子どものように好奇心旺盛で,発明発見に貪欲で,産みの苦しみさえも快感で,化学や分析の話をすると止まらなくなります。さらには,自分自身の使命を誠実に全うしようと努力し,子どもたちから好かれています。そんな大人たちのおかげで社会は成り立っているのだとつくづく思います。
昔話になりますが,私が小学生のころオイルショックが起こり,突然トイレットペーパーを買うことができなくなりました。それは,石油が燃料であり化学製品の原料でもあるという化学知識のない私にとって不思議な光景でしたが,この疑問は化学知識を身に付けることで解消されました。あれから50年近く経ち,今度は新型コロナウイルスの影響で,トイレットペーパーの争奪戦が繰り広げられました。正しい化学知識をもった大人が当時よりたくさんいるにもかかわらず,このような騒動が再び起きてしまったことは皆さんに対して恥ずかしく思います。
ところで,最近は日本でもカーボンニュートラルの話題で持ち切りです。皆さんもこの言葉を聞いたことがあるでしょう。世界の人々が大気中のCO2(二酸化炭素)の濃度の上昇を抑えることで地球温暖化の進行を抑えようと動き出しました。人類の活動で排出されるCO2と吸収されるCO2を同じ量にすることができれば,大気中のCO2はこれ以上増えません。これがカーボンニュートラルです。とてもわかりやすい概念ですが,現在の科学技術を総動員してもCO2の排出が吸収を圧倒的に上回ってしまうのが現実です。そのため,これまで慣れ親しんできた社会やくらし方が大きく問われると同時に,新しい科学技術の開発が求められます。これらはどれも難しい人類共通の課題ですが,人々が協力して粘り強く取り組むことで道は必ず開けるでしょう。
化学だいすきクラブの皆さんはこれから自分自身の将来をあれこれ考える年ごろになるでしょうが,科学と化学の素養についてはすでにもっていると思います。皆さんの中から,地球と人類を救う科学者,そして正しい科学知識をもって社会を適切な方向に導く人がでてくることを期待しています。それまでの間,私の周りの大人たちも皆さんにバトンをつなげるようきっと頑張ってくれることでしょう。
化学だいすきクラブニュースレター第48号(2021年7月1日発行)より編集/転載