私と化学(旭化成(株)名誉フェロー・吉野彰)
私はリチウムイオン電池の発明で2019年のノーベル化学賞を受賞しました。この私が化学の道を選んだきっかけの一つは私が小学生の時に先生から聞いた「モノが化けるから化け学というのですよ。」という言葉だったように思います。化ける学問が化学,なぜだろうかというのが子供の私は素朴な疑問と関心を持ちました。
私は今でも化け学という言葉を使います。なぜでしょうか。日本語で「かがく」というと科学と化学の二つの意味があります。英語では科学はサイエンス,化学はケミストリーで区別できますが,日本語では区別できません。それで,化け学という言葉をよく使います。やってみないと何が起こるかわからない。何の気なしにやった実験がとんでもない大発見や大発明につながる可能性があります。化学の面白さはここにあると思います。よく対比されるのが物理と化学の世界での発想方法の違いです。物理の世界の研究者はまず仮説を立てて,それを実証する実験を行います。化学の研究者の多くはまず実験をします。そこで予想外の結果が出たら,それを説明できる仮説を立てます。順番が真逆なのです。もちろんどちらの発想法が正しいというものではありませんが,私はどちらかというと頭より手が先に動く性格なので化学の道を選んだようにも思います。
これから皆さんは将来どの道を進むか真剣に考えることとなると思います。ここでは物理と化学という理系の例を紹介しましたが,文系の道を歩まれてもこの二つの発想法があることは同じです。例えば営業の仕事につかれて新製品の販売を任されたとします。その時に綿密な販売計画を立ててお客さんのところに出向くか,まずはお客さんのところに飛び込んでお客さんの声を聴いてから販売計画を立てるかの二つのやり方があります。どちらもありですが,この二つのやり方を状況に応じて自分で使い分けるのが理想的だと思います。
皆さんが社会に出られて何か壁に直面した時に,ぜひ化け学という言葉を思いだしていただき,そして壁を乗り越えていく道を見出してください。
化学だいすきクラブニュースレター第49号(2021年12月1日発行)より編集/転載