化学だいすきクラブ

暮らしの化学 無駄にしないで,最後まで美味しく食べる 食ベ物を長持ちさせる「食品保存」の化学

暮らしの化学 無駄にしないで,最後まで美味しく食べる 食ベ物を長持ちさせる「食品保存」の化学

小学3年生の花子は昨日つくった野菜炒めを冷蔵庫に入れるのを忘れて,腐らせてしまいました。

「どうして食べ物は腐ってしまうのか?」とがっかりする花子に,中学1年生の兄のケンが,食品の腐るメカニズムや,腐らせないための方法について話しています。

この記事を書いた人: 池田亜希子
サイテック・コミュニケーションズ

食べ物が腐るのは細菌によって分解されるから

花子昨日お母さんと一緒につくった野菜炒めを,腐らせてしまったの。冷蔵庫に入れ忘れたからなんだけれど,そもそも,どうして食べ物は腐るのかしら?

ケン生きていないからだよ。生きているものは新陳しんちん代謝たいしゃによって新しい細胞をつくるけれど,そうでないと細菌の働きで分解されて腐ってしまう。細菌が食べ物に含まれているタンパク質を分解したときにできる硫化りゅうか水素すいそH2S)やアンモニア(NH3)の嫌な臭いがするね。迷惑なようだけれど,食べ物がいつまでも腐らずに残ったら,地球はゴミだらけになってしまう。それに分解してできた物質の中には肥料になって野菜や果物を育てるものがあるから,次の命につながっていくとも言えるね。

花子「腐る」のも大事なことなのね。でも私がこれを食べたら病気になってしまうでしょ?

ケン今回みたいに腐ったということは,“危ない食品だ”という合図が出ているんだから,食べてはダメだよ。その野菜炒めには,1グラム当たりにすると1万から10万ほどの細菌がいると思うよ。食中毒を起こす菌が増えている可能性だってある。

花子たくさんの細菌がいるのね。

ケン細菌は空気中や土壌中のどこにでもいるから,細菌がまったくついていない食品なんてない。でも多くの細菌が,10℃以下では増殖がゆっくりになり,−15℃以下で増殖が止まるから,冷蔵庫や冷凍庫に入れた食品は細菌による分解の速度が落ちて腐るのが遅くなるんだよ(図1)。

適度な温度と酸素と水 すべてがそろわないと細菌は増殖しない

花子温度を下げる以外に,細菌を増やさない方法があれば,野菜炒めだって大丈夫だったかもしれないわ。

ケン細菌の増殖には,適度な温度のほかに,多くの場合,酸素(O2)と水(H2O)が必要なんだ。だから,ハムやソーセージが酸素を除いた真空パックに入れられていたり,カップ麺では麺だけでなく,野菜や肉といった具材も乾燥されている(図2)。

花子スナック菓子も乾燥しているわね。

ケンそうだね。だから長持ちするんだね。それに,ポテトチップスの袋には,食品保存のために窒素(N2)などの反応しにくい気体が入れられていることがある。

花子空気中の酸素をなくしているのよね。

ケン酸素をなくせば細菌の増殖が抑えられる。それに加えてポテトチップスでは,イモを揚げた油が酸素と反応する酸化を起こさないようにする意味合いが大きい。酸化で美味しくなくなったり,体にあまりよくない物質ができてしまったりするからね。

花子食品の問題は腐ることだけじゃないのね。

生活の知恵として昔から行われてきた食品保存

ケン「食品保存」とは食品の劣化れっかを遅らせることで,昔からいろいろな方法が行われてきたんだ(図3)。

花子例えば,「梅干し」よね。生の梅はすぐにダメになってしまうけれど,梅干しは保存の状態が良ければ何年も持つんだから。

ケンどうしてだと思う?

花子おばあちゃんは完熟した梅を1週間ほど塩漬けして,それを3日間お日様の下で干していた。塩(NaCl)をたくさん使うなと思ったのよね。

ケン塩によって,細菌は自分の中の水分を外に引き出されてしまって死んでしまうんだ(浸透しんとう脱水だっすい作用さよう)。ただ,塩漬けが絶対に腐らないというわけではない。塩漬けの魚がピンク色に変色していることがあるけれど,これは好塩こうえんきん(赤から黄色をしているものが多い)という塩分を好む細菌が増えて腐ってしまっているかららしいんだ。一方で,好塩菌によっては食品を美味しくするものもある。伊豆諸島の特産物である魚の干物の「くさや」をつくるのに使う「くさや液」には好塩菌がいて,それが発酵を起こすから美味しくなるし,保存性も高まるんだ。そうそう,花子が好きなヨーグルトは,牛乳を乳酸菌や酵母によって発酵したものだね。

花子細菌も悪さをするものばかりではないのね。

食品添加物を使って食品を長持ちさせる

花子塩漬けも発酵も,優れた食品保存方法だけれど,元の食材の味を変えてしまうわね。

ケンそこで活躍するのが,食品添加物だ(表1)。食品添加物は,食品の製造過程または食品の加工・保存の目的で使用される物質のことで,どれも安全性が確かめられていて法律で使っていいことになっている。その中の保存料,酸化防止剤,防カビ剤,日持ひもち向上こうじょうざい,殺菌料が,食品の劣化を遅らせるのに役に立っている。細菌の増殖ぞうしょくを防ぐ作用があるのは,保存料と日持向上剤だね。いろいろな種類があるから,食品表示を見てみよう。

(…数日後)

花子カップ麺,ピザ,ヨーグルト,チーズ,ジャム・・・いろいろな加工食品を集めてみたけれど,食品添加物の入っているものをそんなにたくさん見つけられなかった。

ケン容器の工夫など,食品保存の方法はほかにもいろいろあるからね。

花子我が家では,お父さんの飲んでいた栄養ドリンクには保存料として安息香酸ナトリウム,冷蔵のピザに日持向上剤のグリシンがそれぞれ入っていたわ。それから,ジャムのローズマリー抽出物とペットボトル飲料のビタミンCは,どちらも酸化防止剤ね。

ケングリシンは,タンパク質を構成するアミノ酸の一つで,お総菜などの日持ちを良くするのにも使われているんだ。さあ,食品の保存についていろいろ考えたけれど,これですべてじゃない。国や地域によっても面白い食品保存の習慣があるから,調べてみると発見があると思うよ。それに,世界的な目標のSDGsでも,目標2に「飢餓きがをゼロに」があるね。世界には食べ物に困っている人もいるから,無駄にしてはいけないんだ。

花子食品保存の世界は,本当に奥が深いわね!

図 1
図 1: 冷蔵庫は温度を下げることで食品が腐るのを遅らせる。
図 2
図 2: シーセージの真空パックや窒素で満たされたポテトチップスの袋。食品ごとに適した保存方法がある。
図 3
図 3: 「梅干し」と「くさや」。保存目的に行った塩漬けで,美味しい食文化が生まれた。
表 1
表 1: 食品保存に寄与する食品添加物の例(一部)
【参考】
『おもしろサイエンス 食品保存の科学』(食品保存と生活研究会編著,日刊工業新聞社)
『よくわかる くらしのなかの食品添加物』(日本食品添加物協会編,光生館)
食品衛生の窓(東京都福祉保健局):https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/shokuhin/shokuten/hozonryo.html
保存料について正しく知ろう(大阪健康安全基盤研究所):http://www.iph.osaka.jp/s010/030/020/010/20190918103733.html
「腐ったものを食べると食中毒になる」は間違い?発酵と腐敗の違いに迫る(料理王国):https://cuisine-kingdom.com/foodpoisoning/
水産発酵食品と微生物(藤井建夫 東京家政大学特任教授):https://www.saltscience.or.jp/symposium/4-fujii.pdf
よくわかる食品保存の基本 第3回 「発酵」による保存と「技術」による保存(J-Net21):https://j-net21.smrj.go.jp/special/foods05/43.html

※リンク先はいずれも2022年9月現在

化学だいすきクラブニュースレター第50号(2022年4月1日発行)より編集/転載

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