暮らしの化学 不思議の裏には化学があった 花の香りや色はどうやって決まるの?
今年もまた桜の季節がやってきました。
小学3年生の花子は,中学1年生の兄のケンが買ってきた桜餅のいい香りに驚かされます。
このことをきっかけに,香りや色といった“花の魅力”の正体について考え始めました。
桜の香りの正体
ケン花子~。桜餅を買ってきたから,オヤツにしない?(写真1)
花子わぁ,桜のいい香りがする。春が来たことを知らせる香りよね。でも前に上野公園でお花見したときには,こんなに桜の香りを感じなかったな…。
ケンそれは仕方がないよ。桜にはたくさんの種類があって,香りの強いものとそうでないものがあるんだ。上野に多いソメイヨシノは,香りがあまりしない。桜餅に使われているのは香りの強いオオシマザクラで,葉には香り物質が特に多く含まれているんだ。それを塩漬けにしたから,さらに香りが強くなっているね。
花子どういうこと?
ケン香りはもともといろいろな物質が混ざってできているものだけれど,桜餅の香りの主な成分は「クマリン」なんだ(図1)。葉の中には,クマリンに加えて,クマリンに糖が付いたクマリン酸配糖体がたくさんあるんだ。葉をつぶしたり塩漬けにしたりすると,それが葉の中の酵素と反応して糖が取れて,クマリンを放出する。
花子香り物質を知るのは難しそうだけれど,正体が突き止められているのね。
ケン花や葉から香り物質を抽出することもあるけれど,どれが香っているのかを突き止めるには,空気を調べるのが一番だ。
花子花の周りの空気を集めて調べるってこと?
ケンそう。集めた空気から香り物質を取り出して,分析機器を使って調べるんだ。こうして,いろいろな花の香り物質や組成が調べられているよ。例えば,梅。梅見では美しい花と一緒にいい香りを楽しむよね。梅の種類によって香りは少しずつ違うけれど,ベンジルアルコールが華やかなフローラル感を,イソオイゲノールが梅らしい香りの良さをつくり出していると言われている(図2)。
花子どこに行けば梅の花があるかしら?
ケン茨城の偕楽園はどうかな?2月から4月上旬までが見頃だね。ただ,花の香りは開花後どんどん変化していって,受粉したらその役割を終えるから,開花直後の朝がもっともフレッシュな香りみたいだよ。
虫や鳥を呼び寄せる
花子そもそも花の香りは,離れた場所にいる虫や鳥などを花が呼ぶために発しているのでしょ?
ケン花が,虫や鳥に受粉を手伝ってもらいたいからね。ある程度近寄ってきた虫や鳥に見つけてもらうために,色でもアピールしている場合が多いよ。
花子「生存戦略」ってことね。香りも色も虫や鳥の好みになっているのに,人間も“素敵だな”と感じるんだから不思議よね。こうしていろいろな色があるのは,含まれる物質が違うからでしょ?
ケンそうだね。花の色素として代表的なものはフラボノイドとカロテノイドだ。これらは似た構造の化合物の総称で,自然界でそれぞれ7000種類以上,700種類以上見つかっている。これら2種類の色素でだいたいの色が表現できるんだよ。
花子そんなにたくさんの種類があるのね。
ケンフラボノイド系のアントシアニンは図3のような基本骨格に糖や有機酸が結合した物質で,これだけで500種類以上が知られている。四角く囲ったベンゼン環に何が結合しているかに加えて,結合している糖や有機酸の構造やpHなど周りの環境によって,青~紫~赤色いずれかの色になる。
花子カロテノイドはどうなの?
ケン炭素が40個つながった炭化水素の総称で,黄,橙,赤を呈する色素だよ。例えば,カロテノイドの一種であるβ-カロテンは橙色の色素で,花の他にもニンジンやカボチャなどの緑黄色野菜に多く含まれているね(図4)。
アジサイの色変わり
花子お兄ちゃん,去年の6月,遠足で行った鎌倉の長谷寺で,アジサイを見たの(写真2)。住職さんが,アジサイの色は土壌の性質によって変わるんだと話していたわ。
ケンアジサイの色は,アントシアニンの一種のデルフィニジンが決めている。土壌が酸性だと土中のアルミニウムイオンが水によく溶けて根から吸収されるから,この色素が青系になるんだ。アルカリ性土壌ではアルミニウムイオンはほとんど溶け出さないから,アジサイは根から吸収できずに赤系になる。
花子アルミニウムイオン!金属が関係しているのね。
ケンそうだね。アントシアニンは,金属が組み合わさって色が変わることもあるんだね。
遺伝子組み換えでつくられた「青いバラ」
ケン「青いバラ」のことは知っているかな?
花子大阪の中之島バラ園や長崎のハウステンボスに行ったでしょ。たくさんのバラが咲いていたけれど,青いバラなんてなかった(写真3)。
ケン園芸の世界では,例えば黄色い花が欲しかったら,まず,突然変異で花の一部が黄色くなった個体を見つけて,それを自家受粉する。その中からより黄色い個体を選別してまた自家受粉する。これを繰り返すことで,黄色コスモスの育種などが生まれている。青いバラについては同じようにはできなかったけれど,2004年,ついに「青い色素をつくるバラ」が誕生した。
花子何か特別な方法を使ったの?
ケン「遺伝子組み換え」でつくられたんだ。青い色素であるデルフィニジンをつくるために必要な遺伝子をとってきて,バラに入れて,バラの花びらでデルフィニジンをつくらせたんだ。研究は,青い色素をつくる遺伝子を見つけるところから始まった。日本の飲料メーカーが試行錯誤の末に青いバラの開発を成功させたんだけれど,研究開始から14年かかったそうだよ。
花子青いバラを,私たちは楽しめるの?
ケンもちろん。ただ,遺伝子組み換え植物は簡単には栽培や販売ができないんだ。青いバラの場合も,花粉を野生のバラに受粉させるなどの試験を行って,このバラが野生のバラに広がる心配がないことが確かめられて,2008年に販売の認可が下りた。今は,喝采を意味する「アプローズ」という名前で売られている。やっとできた花だから,花言葉は「夢かなう」なんだよ。
- 【参考】
- 『花はふしぎ』(講談社 ブルーバックス)
- 『サクラとウメの花の香り』(フレグランスジャーナル社 香り選書)
- 『花はなぜ香るのか』(フレグランスジャーナル社 香り選書)
- 化学のこばなし「桜の香り」(月刊うちゅう 2020年5月号)
- アジサイの花の色はどうして変わるの(学研キッズネット):https:// kids.gakken.co.jp/kagaku/kagaku110/science0207/
- 「青いバラ」への挑戦(サントリー):https://www.suntory.co.jp/sic/ research/s_bluerose/story/
※URLのリンク先はいずれも2023年11月現在
化学だいすきクラブニュースレター第53号(2023年4月1日発行)より編集/転載