私と化学(2022・2023年度 日本化学会会長[第121代]・菅裕明)
ごくごく普通の家庭で育った私は,特にサイエンスに興味がある子どもではありませんでした。高校で学んだ教科としての「化学」は他と比較して好きな科目でしたが,特別におもしろい,と思っていたわけではありません。
大学の工学部工業化学科に入学し,化学の講義を受けても,なんだかピンときません。確かに,化学という学問には多くの化学偉人の英知がつめこまれていますが,化学の歴史を学んでいるという感じで,講義にまったく引き込まれません。少し興味があったのは,「有機化学」とその講義で学ぶ「有機化学反応」,電子の動きで反応をおっかけることはおもしろかった。でも,それだけでした。
ところが,そんな私を一気に変えたのが,大学4年生で配属された有機化学研究室での実験でした。それまでの化学実験は,実験レシピ(手順)があり,そのとおりにやっていればうまくいく実験でした。しかし,研究室での実験には突如としてレシピがなくなったのです。自分で考え,自分で手を動かす,うまくいくかどうかなんてまったくわからない実験,それに強烈に興味がわきました。さらに「化学物質を作り出すこと」,失敗を重ねついに作れたときの興奮は何よりも大きなものでした。
それまで興味もなかった「英語をつかいこなす」こと,これも変わりました。英語の文献を読むことが増え,研究室の先生が海外から来られた化学者と英語で話していることを目のあたりにし,自分の英語力を高める必要性を感じました。その時から,毎日ラジオ英会話講座を聴くようになりました。
大学院では,化学に加え,まったく講義すら受けたことのなかった生物学の勉強も自主的にはじめました。この頃になると,あのつまらなかった化学の歴史講義は,新しいことが何なのかを知るための知識だったのだ,と気づいていました。すでにわかっていることを知らなければ,新しいことを考えられない,そんな当たり前のことがわからず講義を受けていたとは。
化学だいすきクラブのみなさんはもう知っているかもしれませんが,化学のおもしろさは新しい物質をつくり出すこと,それが人類の役に立つことです。そのためには,化学の偉人が得た知識を吸収しなければなりません。そして,その先に本当のおもしろさが待っています。
化学だいすきクラブニュースレター第53号(2023年4月1日発行)より編集/転載