元素ファミリー 小川正孝と幻のニッポニウムにまつわる元素
「ニホニウム」は新元素への命名権を日本で初めて得た元素ですが,実はこれよりも100年以上前に,新元素を発見して「ニッポニウム」と名付けた人がいました。
幻の元素「ニッポニウム」
小川正孝(1865-1930,写真1)は1908年,留学先のイギリスで未知の元素を鉱石から分離してこれをニッポニウムと名付け,原子番号43番の元素として発表しました。しかし,他の人は結果を再現できず,その信頼性は揺らぎます。実は43番の元素には安定な原子がなく,小川の方法では見つけられないことが後にわかったのですが,彼の死後,残された研究資料からニッポニウムは75番のレニウムReであったことが立証されました。そのReは,1925年にドイツのノダックらが発見し,ライン川のラテン語名にちなんで命名されました。そして1937年,イタリアのセグレとペリエが加速器を使って43番元素を作り出し,1947年に「技術的な(人工の)」を意味するギリシャ語からテクネチウムTcと命名されました。
ニッポニウムは幻となりましたが,小川が新元素を見つけていたのは事実でした。彼の業績は近年見直され,2013年「小川正孝のニッポニウム研究資料」は日本化学会の認定化学遺産(第18号)に登録されました。また,イギリスの王立化学協会の周期表Webサイトでも,Reのページに小川の先駆的な発見が掲載されています。では,このTcとReはどんな元素でしょうか。
テクネチウムTc
テクネチウムTcは,放射線を出して変化する不安定な元素で,天然にはほとんど存在しません。Tc原子の中にはγ(ガンマ)線を出して変化するものがあります。この性質を利用して,例えば,体内に投与したTc(写真2)から出るγ線を検出し,その様子から癌の診断(写真3)に使われます。
レニウムRe
レニウムReは,融点が高く密度の大きい,銀白色(写真4)の金属です。高温でも強度を失わないなどの特性から,高温・高圧で回転するため耐熱性が求められる航空機用エンジンや発電所などで使用されるガスタービンの羽(写真5)をつくる合金の成分になります。また,Reの原子核には長い時間をかけてオスミウムOsに変化するものがあり,この変化は岩石や隕鉄などの年代測定に応用されます。
化学だいすきクラブニュースレター第55号(2023年12月1日発行)より編集/転載