私が化学を選んだ理由(慶應義塾大学名誉教授・西山 繁)
私の化学に対する最初の憧れは、小学校の頃に雑誌などで見た化学者が白衣を着て試験管を振る姿であった。その憧れは、中学校に入学した時、様々な部活動のなかで、ひたすら白衣を着ることのできる部活動を探すということになった。可能性があるのは生物部か化学部のいずれかで、試験管を持つという条件を入れると簡単に化学部という結論になった。週何回かの活動日には、酸素や水素などの気体の発生から始まり、色とりどりの結晶が樹木の様に成長するケミカルガーデン、木炭の生成など多彩な実験を楽しんだ。圧巻はマグネシウムを導火線としてアルミニウムと酸化鉄を爆発的に反応させて鉄を作るテルミット反応であった。またある日、担当の先生が緑茶からカフェインを抽出し、純白の綿のような結晶を取り出す実験を見せて下さった。顕微鏡をのぞいてみるとこれまで見たことの無い針状結晶の美しさに魅了されてしまった。
高校に進学すると化学の授業は2年時からだったので、部活で実験を継続して楽しんでいた。1年生の中ごろ、どうしたはずみか覚えていないが化学の参考書を買い求め、ひたすら読み込んでいった。当然のことながら、じっくり予習ができており、2年生になってからの化学の授業が大変面白く、大学進学も化学分野以外は考えられなかった。幸運にも慶應義塾大学工学部(現理工学部)に入学ができた。ただ講義の内容は高校と大いに異なり、英語やドイツ語を交えた専門用語の洪水で、まず用語を理解するのに四苦八苦したという思い出がある。
大学4年生になると、全員卒業研究を行い、論文を書くことが義務付けられ、筆者は糖化学の研究室に所属した。基本的なブドウ糖やショ糖から出発して抗生物質など様々な有機化合物を合成していく研究で、自分で作り出した化合物が明らかな生物活性を示すと誇らしい気持ちになった。
その後、ドイツでの博士研究員を経て、慶應義塾大学の教員に採用された。天然物有機化学を専攻して、学生と動物や植物が産生する化学物質を合成して、生物に対する働きを調べたり、効率的に目的とする有機化合物を合成するために新しい反応を工夫してきた。なかでも、電気分解による化学合成の方法は、環境にやさしく、通常の試薬を用いる反応ではできない新しい反応を提供することが分かった。
大学を定年になった今、幸いにも大学の研究室と共同で研究を行う機会を得ることができたので、引き続き新しい有機化合物の珍しい生物学的な性質や新しい反応を見出すたびに、胸をときめかせている。
化学だいすきクラブニュースレター第33号(2016年6月20日発行)より編集/転載