化学だいすきクラブ

暮らしの化学 汚れを落として,さっぱり綺麗 お風呂文化の移り変わりと,石けんの化学

身体や髪を洗うのに欠かせない“石けん”。いったいいつから使われているのでしょうか。また,どうして泡が立って汚れが落ちるのでしょうか。石けんに深く関わるお風呂文化とともに,石けんの歴史と汚れ落ちのメカニズムを紹介します。

この記事を書いた人: 池田亜希子
サイテック・コミュニケーションズ

綺麗好きの日本人のお風呂文化

皆さんは,お風呂に入るのは好きでしょうか。「さっぱりするから好き」という人もいれば,「毎日面倒くさい」と思っている人もいるかもしれません。日本人は,現在,毎日のように風呂に入って身体や髪を洗いますが,このような入浴習慣が生まれたのは1970年代に入ってからのことです。そもそも風呂は,6世紀に中国から仏教が伝来した際に,「身を清める」ための行為として寺院などで始まりました。風呂といっても,サウナのような蒸し風呂で,今のように湯に浸かるものではありませんでした(写真 1)。この身を清める蒸し風呂と,湯に浸かることが合わさって,安土桃山時代の終わり頃に銭湯が登場。江戸時代になると庶民が銭湯に通うようになりました。それでも,夏には家で水浴びをして済ませることなどがあり,毎日風呂に入っていたわけではありませんでした。

明治時代に始まった日本の石けんづくり

江戸時代の銭湯では,身体を洗うのに,精米時にとれるぬかを絹や木綿の袋に詰めた“ぬか袋”が使われていました。それが石けんに代わり始めたのは,明治時代以降のことです。これまでにも南蛮渡来の石けんはありましたが,あまりに高価で庶民の手には届きませんでした。明治時代になり西欧の様々な技術が入ってくると,石けん製造所が建てられ,国産石けんがつくられるようになりました。

初めての国産石けんは,横浜の実業家である堤磯右衛門つつみいそえもんがつくった「堤石けん」です。しかし,こうした石けんはまだまだ高価だったため売れ行きが伸びず,国産石けんの市場は小さくなっていきました。これを食い止めたのが,後に花王株式会社となる長瀬商店の創業者 長瀬富郎ながせとみろうでした。石けん職人の村田亀太郎,薬剤師の瀬戸末吉とともに新しい石けんをつくったのです(写真 2)。この石けんは,そば一杯が1銭の時代に,3個で35銭でした。今,そば一杯が600円だとすると,石けん3個で2万円以上したことになります。これほど高価だったため,顔を洗うためだけにしか使われませんでした。また,当時としては品質の高い石けんだったとはいえ,毎日,石けんを使って洗ったら,肌がガサガサになってしまいました。今のように,毎日風呂で身体を洗えるようになるには,各家庭に風呂がつくられるようになったこと,石けんの値段が下がったこと,肌に優しい石けんが登場したことが関係しています。

石けんで汚れが落ちるメカニズム

昔の石けんで肌がガサガサになったというのは,その汚れを落とすメカニズムを知ると納得できます。洗濯を例に,汚れを落とすメカニズムを見てみましょう。洗濯物を水の中で手もみ洗いをすると,水にモノが溶ける化学的な性質と,手でもむという物理的な力によって,ある程度汚れが落ちます。しかし,油は水と混ざり合わないので,油汚れは落ちにくいのです。

石けんは,サポーの丘の伝説(コラム)にあるように,今でも基本的には“油”に“灰”のようなアルカリと,これらを混ぜ合わせるための“水”を加えてつくられています。こうしてつくられた石けんの分子には,水になじみやすい部分と油になじみやすい部分があり(図1),このような2つの部分をもつ物質を界面活性剤かいめんかっせいざいと呼びます。界面活性剤は油汚れを包み込んで,水の中に溶かし込むことができます(図2)。

肌は,皮脂という油によって守られています。この皮脂が汚れとして衣類につきます。石けんで,衣類などの洗濯物は綺麗になりますが,一方で,身体を洗いすぎれば肌はガサガサになってしまうのです。今では,より肌に優しい界面活性剤が開発されたり,石けんに保湿成分が配合されたりして,肌や髪を傷めにくくなっています。

コラム 石けんの発見 〜サポーの丘の伝説〜

誰が石けんを使い始めたのかは,わかっていません。しかし今から5000年前には,すでに石けんのようなものが使われていたという記録があり,それにまつわる古代ローマ時代のサポーの丘の伝説が語り継がれています。

サポーの丘では,神様へのお供え物として,羊が焼かれていました。羊から滴り落ちた“油”が,薪が燃えてできた“灰”と混ざり合い,さらに“水”が加わったことで化学反応が起こり,石けん成分ができました。石けん成分は,雨水などによって川に流れ込みました。そして,この川で洗濯をした人たちが,「汚れ落ちがいい!」と気づいたのです。この“サポー”が,石けんを意味するソープの語源だとされています。

写真 1
写真 1: 最初の風呂は身を清めるための蒸し風呂だった(写真左の釜)
写真 2
写真 2: 長瀬富郎らがつくった石けん。桐箱に入って3個で35銭だった。
図 1
図 1: 石けんの分子
図2
図2: 石けんが汚れを落とすメカニズム。油になじみやすい部分が油汚れを包み込んで,水中に分散させる。
イラスト
イラスト: 油と灰が混ざり合ったもの(絵:えみこ)

取材協力・図提供:花王株式会社

参考資料:『身体をめぐる商品史』(国立歴史民俗博物館)

化学だいすきクラブニュースレター第36号(2017年7月1日発行)より編集/転載

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